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黒らぶ

Author:黒らぶ
ペットブログとか作ってご隠居するにはちと早いんじゃなかろうか。
前科1犯(ムシワキ)



南天:オカメインコ
ホワイトフェイス
ファロー謎パール
1歳
110gくらい
性別不明
→♀確定
マッタリ大胆系
好きなもの:OA機器・食べ物・編んである紐・綿棒



父さん妖怪の気配が!

黒沢:オカメインコ
どノーマル原種
10歳
75gくらい

積極的なビビリ
好きなもの:新聞折込広告・人間・糸・ディープキス


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ヘビーな記事を書いている時に風邪を引いて寝込んでしまい、更新が止まってしまいました。


前の記事二つはデータベースです。
これから本題を書きます。





軟弱な私は
風邪になんか負けないぜ!!
というようなタフな精神を持ち合わせておりませんで、
寝かしつけられるままにダラダラと療養させていただきました。
(゜∀゜)b

ただでさえ放鳥時間が減っているというのに、
鳥さんにかまってあげられる時間が少ないのが難です。
放置プレイに慣れている黒沢さんは淡々と通常営業ですが、
遊びたい盛りの南天は餌替えのちょっとした隙でも抜け出ようとしています。
ケージの中で飛んでます。

すまんのう・・・・
(ノд;)









ところで、部屋の模様替えをしてデスクの隣に鳥カゴがある今の状態。



100130_02














目線の高さに(しかも間近)
鳥さんがいます。




100130_03






いいわぁ(´ー`*)











こんなこともできますし。







100130_04




作業も癒されます。




鳥を飼ったことない人に
鳥が撫でられて喜ぶと言うと驚かれることが多いです。
インコの性格は犬に似てると思うんですけどね。
でも『外に放しても戻ってくる?』
と聞かれるのは何故なんだろう。
(いや昔は自分もそんな幻想を抱いていたけれどあれもなんでだろう・・・;)
伝書鳩なイメージ?
外界は何もしらない飼い鳥にとってはライオンのいるサバンナか地雷原の戦場みたいなもんですよ。
外に放した時点でどんくさオカメの命は無いようなものだろうに。
今は犬だって放して飼ったりはしないだろうに。
危険な発想だ(った)なぁ・・・。


































平和な室内で南天絶賛換羽中につき、階下のパソコンさんから苦情が来るのは時間の問題です・・・。

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あと半年、パソコンさんにはこまめな掃除で許してもらえるでしょうか・・・?


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南天換羽中ですが、ヒナ換羽の時みたいに神経質になったりとかしていません。
よしよし。
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【光と闇が切り換わる時】


突然の召集をかけられました。
南天と黒沢には普段の倍の量の餌をもっさりと盛り、
おまけに粟穂も吊るし、
ブログを仕込み←大事
神奈川から千葉の実家に一泊で行ってまいりました。

急な連絡というのは、あまり良い事であることは少なく。
癌は長生き病、と先日書きましたが
自分が元気で健康!と自信のある方は、逆に気をつけてくださいね。
それは私が理想の幸せと描くご家庭のいつも明るく元気な方が
それはあまりに早くて。

そして残された遺族を気にかけながら帰宅すると
長老シーズーもまた
静かに
横たわっていました。

彼の場合は、
癌というよりも老衰、という診断だったそうなのですが。












花咲き緑萌ゆるこの時候
健康な体にとっては気持ち良く、気付きにくいものですが
激しい温度や気圧の変化は、弱っている体にはこたえるものです。

春は新しい命の季節ですが

代わりに古い命は少しずつ、吸い取られる
いつもの巡りが
活発になる時
のように感じられてなりません。








帰ってきたら2000HIT超えていました。
いつもありがとうございます。
取り急ぎご報告まで。

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3月20日は少し特別な日です。

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私は柄にもなく仕事帰りに花など買って帰りました。
愛する人の誕生日というわけではありません。
彼岸の中日ですが、墓参りでもありません。

でも惜しいところではあるし記念日には違いありません。
ここのところ少々暗めな話が続いている気もしますが、これが終わったら明るい記事を書きましょう。
自分がペットを題材にしたブログを書いている以上、避けては通れない内容です。自分的に。





またしても鳥でない話題で恐縮なのですが




一年前の今日、17年間一緒に暮らしてきた犬が死にました。




私が他の誰よりもどの家族よりも長く、同じ時間を共有した奴でした。
6度の転居を共にし、その17年間のうち離れていたのは7ヶ月だけ。


えーと写真写真…;
データクラッシュしたのでデジタル写真がありません……orz
なので紙媒体を又撮り。

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大分年いってからの写真ですが、
黒ラブさくらの隣に写ってるコイツです。

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生前使っていた水飲み用のデカイ湯呑みに花を差してみました。

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合わねえぇぇぇぇ(´д`;
まぁいいや……





最近はペットも人間みたいに火葬して骨を拾えて骨壷に入れてくれたりして。
ほんとは土に帰るのが、一番生物として正しい埋葬だと思っている私ですが、
今はまだ居候の身なので、ちょっとすいませんけれど本棚に置いとかせてもらっています。
いずれ、永住の地ができたとき、骨を埋めてやろうと思っています。
あまり、死んだもの、今はただのカルシウムとかになったものにとらわれるのは良くないと思いますが
こいつだけは連れていきたいのです。これからも。




頭の良い犬でした。

だけど、世間的な基準で見たらきっと『馬鹿犬』なのです。
誰彼構わず吠え付き、家族以外には懐かず、何の芸もせず、
よく脱走して、車に轢かれまいと注意するあまり端に避けすぎてドブにハマって凹んで帰ってきてました。
いかにも雑種といったどこにでもいるような茶色の中型の柴犬系だったのですが、
偶然の産物か、他人によく声をかけられるほど顔だけは目が大きくて可愛らしかったと思います。
性格は極悪だったので、顔だけは。
人の隙を狙い、自分の主張を通すために全力を尽くしました。
賢いというよりは、『狡猾』という言葉がよく似合いました。


そして感情が豊かでした。
人の心を読み取ることにも、表現することにも長けていました。
ひどく叱られて、涙をボロボロ流すような変わった犬には、私はこの先出会えるような気がしません。


私が子供の頃に拾ってきた捨て犬でした。
「自分が面倒見るから」という子供がよく使う文句で、
この先、その子供だった私がそれまで生きてきた年数の倍以上を生きるということなど理解もできない我儘を通しました。
目の開かない子犬に哺乳瓶でミルクを与えて育てたのは案の定というか私の母親で、
母はその子犬に私の名前を由来にして『ライト』と名付けました。
それ以来私とその犬は兄弟のように育ち、どこでも連れ回しました。
始めは子供の私のことを馬鹿にしくさっていましたが、私が成長するとともに順位は逆転し。
元々神経質な性格の犬でしたが、それに気遣いなどせずあちこち連れまわすうちに、初めての場所や土地でも平気でくつろぐえらく適応力の強い犬になりました。
『犬は人につく』と言われるように、(犬から)飼い主が目に届く距離にいさえすれば、場所はどこでも構わなかったようです。
その代わりトイレに立つ時ですら、扉の隙間から常に見張られていましたが……
いつも柱の陰から片目だけで覗かれているのは、ストーカーぽくて怖かったです。

私は成人するまでくらいはなかなか波乱のある生活でしたが、
いつも周りに『犬なんて』と言われつつ、頑としてライトを手放すことはありませんでした。
母親と離れ、犬連れ一人暮らしを始めるころには、子供のころに言った
「自分が面倒見るから」の台詞が現実になっていました。








私は「ごはんでちゅよ~~」「いい子ちてましたか~~~?」
みたいな溺愛な飼い方はしないのですが……;

お互い無視しあいつつ、立っているときはいつも足元に、座っているときはいつもどこかにモコっとしたものが触れていて、寝るときは当然のように同じ布団に丸くなる、というように
自分の一部のような存在でした。




ライトと暮らすフラフラした生活は気ままで楽しかったけれど、
宿命として、犬は必ず人よりも先に逝ってしまいます。
動物を飼った責任として、それを見届けるのも役目です。
だけど、その頃の私には、自分の中のライトの存在が大きすぎて
一人でその時を迎えることが耐えられないように思えました。

いつしか私は家族を求め、
警戒心の強いライトが、初めて会った時から妙に懐いた、
黒くてデカい犬を飼っていた人と一緒に暮らすようになりました。













雑種特有の丈夫さでしぶとい生命力を見せていたライトなのですが
晩年は癌を患い、幾度かの精密検査と手術を重ねました。





長生き、はしてもらいたいけれど
癌は長生き病ですよね。





今現在住まわせてもらっているおウチでは、相方のご両親が5匹の小型犬を飼われています。
その中の長老的シーズーの子も、癌と闘病中です。

癌細胞の出す独特の膿と血の腐った臭いが、季節と相まって去年の今頃を丁度髣髴とさせています。

0と1の組み合わせでしか構成されていないコンピューターでさえ、
なぜだかよくわからないけれど、どこかで間違えます。
なぜだかわからないので、コンピューターでさえ、そのエラーを受容して、最近のwindowsには自己修復機能がついています。
エラーを起こした場合には、コンピューター自身がそのエラー部分を手術して以前の状態に戻します。

もっと複雑な構造をした生物の体は、もっと頻繁にエラーを起こしています。
DNAにエラーを起こすと、体内プログラム上間違った部分に間違った細胞が生まれたりしますので、

我々には、生まれたときからこのエラーを修復する機能がついています。
更に、このエラー修復機能自体にエラーを起こしてしまった場合、



その細胞は死滅するように、プログラムされています。



だけど、年をとったりして細胞が疲れていたり、無理を重ねたりすると、やっぱりその死滅プログラムさえもどこか機能が失われて、エラーを起こした細胞が取り除かれずに生き残ってしまいます。
その生き残ったエラー細胞が、プログラムにバグは持っているけれど、細胞の増殖機能だけは元気だったりした場合、それは悪性の癌細胞となります。

『stop』の号令を失ったまま、自分がどこを構成するモノだったのかも忘れ、ただ、暴走して増え続けます。

設計図を無視して、ただ増えるだけなので、ちゃんと配置するべきところに血管を作りません。
結果、酸素や栄養が行き渡らずに内部から細胞が死んで腐ります。
他の臓器があるなんて知ったこっちゃないので、どんどん自己主張して他の場所も食い荒らします。
ちゃんと真面目に機能してる細胞と違って、役目も何もなく、ただ増えることしか能がないので増殖スピードだけは速いのです。

自分の中の修復機能が失われてできたモノなので、基本的には自分の治癒力で回復するのが困難です。
だから根本的な治療は外科手術で取り除くしかないのです。

長老シーズーの場合、口の中にできた癌が顎まわりを侵食し、いずれ食欲が落ちて癌細胞が鼻を塞いだ場合は呼吸困難に陥ると見通されているそうです。

ライトの場合は、幸か不幸か重大な臓器への転移はありませんでした。
下腹部にハンドボール大にできた癌の塊が、尿道・腸・膀胱を圧迫して排泄ができなくなることで、尿毒症を起こすことが一番心配されることでした。
でなければ、食欲が落ちて痩せ細り、衰弱死するかのどちらかでした。







犬好きが高じて一緒に暮らし始めた相方ですけれど、そのペットに関する価値観は全く同じではなくて、
私は家畜の概念の延長上、自分に足りない栄養素のようなものを供給するために飼っているという考え方ですが
相方は、できる限りのペットの世話をしてあげることで、自分も満たされるという考え方です。

相方のほうが、現代的だとは思うのですが、
ゴミのように捨てられていた犬を拾ってきた私は、
当然のように自分達の生活レベルの身の丈に合わない薬代や手術費をかける相方としばしば衝突しました。

愛情の差だとは思ってほしくない、というのは自分の主張可愛さでしょうか。
でも、自分の兄弟だと思っているものの安楽死の覚悟は、治療を継続する覚悟よりも辛いのではないでしょうか。
口ゲンカに弱い私は結局折れて、最期の時まで、できる限りの治療を行いました。
手術のタイミングは、早くても遅くても、獣医さんですらどうするのかがいいのかは断言できない中、今その手術が必要なのかどうか、判断は私に委ねてもらっていました。
結果論でしかありませんが、私は冷静、であったと思います。



相方と同居し始めてからのライトは
私のストーカーをやめて相方のストーカーをしていましたし、
(甘いだけでチクショウとか思うのですが ・ω・`#)
命の消えるその瞬間まで、相方の腕の中で抱かれていた自分の片割れは、幸せだったと思うのです。
羨ましくさえあるのです。
本人(犬)にインタビューしたら、絶対に幸せだったなんて答えないでしょうけれどね。
性格悪かったので。




死因は、やはり尿毒症でした。
17歳。
犬にしては、頑張ったのではないでしょうか。















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お供え物の犬缶を狙う黒ラブさくら…
















なんでこんな暗い話を書かなければいけないと思ったのか、は

命あるものをお迎えする以上、生まれたものは死んでいくのです。
あるいは、死ぬからこそ、生きているものを大事にしようと思う、ということでしょうか。
当り前のようですが、
どうしても、公表するものは明るい話題が好まれます。
明るくなければならないのですが、でもそれだけでは、なんだか嘘っぽくて。

そしてその一方で、表に出ることを嫌い、一生を暗い世界で生きている人達がいるのも事実です。
そういう人らは、ペットなんか飼わず、積極的に癒されることもせず、
立ち止まることもなく、血管の計画なんかもしないのです。



結局はバランスかな、と思うのです。
明暗のどちらかだけでは、イカンと思うのです。私は。

ペットを飼う者として、生と死の両面を考えること。
ブログ内での緩急をつけること。
本当は、大きく物事を見て、きっと明るい話題を提供するだけで、誰か日々の癒しを提供できたら、それだけでバランスが取れることなのだとは思うのですが。



記事を書いてみて、だいぶ自分に向けた文章になってしまったと思っています。
連休のしょっぱなっから、申し訳ないくらいです……
ペットブロガーさん達はみなさんそれぞれのおウチの子を愛してやまないでしょうから、きっとそれぞれ考え方は違えど、責任ある飼い方をされているでしょうし。
こういうことを書くのは、自分自身へ今いる子達をちゃんと面倒見ろよっていう戒めなのかもしれません。
一応前向きです。








君らにもおみやげあるよ。

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今日はパセリが安かったんだよ。
パソコンの温風吹き出し口の側に置いといたからちょっとしなびてるかもしれないけど、
お食べ。



















さぁ、次は明るい記事書くぞー!
という気分にもなります。

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これからもどうぞ宜しくお願いします。

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